キタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管によるプロコフィエフの交響曲全集
プロコフィエフ 交響曲全集
キタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団
フェニックス・エディション 2005〜07年ライヴ PE135

今日はドミトリー・キタエンコ指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団の演奏によるプロコフィエフの交響曲全集を聴きました。これは2005年から2007年にかけてケルンのフィルハーモニーで行われたプロコフィエフ・チクルスでのライヴ録音です。
リリースされたのは昨年の秋で、新譜ではないのですが、インターネット上の少なからぬサイトで、その演奏内容に関して絶賛されているのを拝見し、ちょっと気になっていたものです。それで先日オンラインで注文し、それが昨日届いたので、今日ひととおり聴いてみました。
実際聴いてみて、確かにこれは凄い演奏だなという印象を受けました。
プロコフィエフの交響曲全集というと、私の場合、昨年の暮れにゲルギエフ/ロンドン響、そして今年に入ってネーメ・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管のものをそれぞれ聴いていて、それらの演奏のイメージがまだ記憶に新しいのですが、このキタエンコ/ケルン・ギュルツェニヒ管の演奏はそれらとの対比からすると、ちょうど各々の長所を巧く兼ね備えたような形になっていることに、まず驚かされました。
以前、私はヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管のプロコフィエフ全集の感想の中で、ヤルヴィ盤の演奏とゲルギエフ盤の演奏を足して2で割れば理想的な演奏になるのではないかというような趣旨のことを書いたのですが、それに相当するのがまさにこのキタエンコ盤であり、全集中の各曲とも、オーソドックスな音楽の運びから、アンサンブルの表現力に満ちた高声の鳴りっぷりと、質感豊かで訴求力に満ちた低声の充実感とがこよなく強調されていて、素晴らしい聴き応えがもたらされています。
私がとくに惹かれたのが交響曲第2番の演奏で、それはこの作品の魅力を改めて認識させてくれるものでした。
第1楽章の冒頭から同楽章全般に立ち込める異常なほどの音楽の緊張感が素晴らしく、このあたりの楽想の狂気的な暴力性を、これほど明晰に抉り出した演奏というのも滅多にはないと思われるもので、高声の鳴りっぷりはゲルギエフ盤を凌ぎ、バスの迫力はヤルヴィ盤を凌ぎ、両者が絶妙な地点で結託して破壊力抜群のアンサンブルを供出していて、とにかく圧倒されます。なかんずく(8:25)の再現部突入部での最強奏の激烈ぶりは常軌を超えた凄まじさです。
第2楽章も見事な表現力で、前半の変奏部は淡々と進めているようで音楽の叙情が聴いていて浸みいるようであり、なおかつ木管のソロを中心にシャープに研ぎ澄まされた怜悧なフレージング展開から醸し出される、音楽の屈折感のある陰りも印象深く、そのあたりの屈折した表情が、変奏が後半に移るに従いジワジワと台頭していくあたりの恐怖感が、強い説得力を持って導き出されていて、傾聴させられます。
実際この演奏はダイナミクスの構築やテンポの動きに奇を衒ったところのない、正攻法な表現に他ならないのですが、それだけに緊迫した音楽の運びや重量感に富んだアンサンブル展開に対して強力な説得力がもたらされている、そんな印象を受けます。
この第2番に次いでは第3番と第4番あたりの演奏内容も素晴らしいのですが、それにしてもこのキタエンコ盤を耳にして、プロコフィエフの交響曲というのは、何と強烈にして過激な音楽であるか、今さらながらに実感させられる思いでした。
| HOME |


