カシオーリによるベートーヴェンのピアノ作品集(月光、テンペスト、エロイカ主題変奏曲)
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第14番「月光」、同第17番「テンペスト」、エロイカの主題による15の変奏曲とフーガ
カシオーリ(pf)
デッカ 2008年 4763208

ジャンルカ・カシオーリの新譜である、ベートーヴェン作品のアルバムを聴きました。
カシオーリというと、若干17歳でグラモフォンからデビューしたのが1997年で、その時のデビュー盤はヴェーベルン、シェーンベルク、リゲティ、ブーレーズという、ビジネス路線に敢然と背を向けたようなものでした。
私がカシオーリの録音を最初に耳にしたのは、もう一枚の方のデビュー盤である以下のピアノ小品集です。

ピアノ小品集
カシオーリ(pf)
グラモフォン 1996年 POCG-10027
このCDにはバッハ、スカルラッティ、ベートーヴェン、リスト、ドビュッシー、ブゾーニ、ファリャ、プロコフィエフといった作曲家の手による、いずれも難技巧を要求するピアノ小品がぎっしり収録されているのですが、その最初のバッハ「トッカータとフーガ ニ短調BWV565」ブゾーニ編曲版の演奏が実に瞠目すべき演奏内容でした。
全体に個々の打鍵は強靭な力感を帯びていて若々しく、それでいて演奏を進める間合いの取り方が大人びているというか、沈思的、あるいは黙考しているような歩の取り方。そして、その思索的な様相を強く帯びた音楽の表情から時おり浮上するパッション、例えば(7:17)から主題がバスに移って激しく歌われる場面での左手の凄みが放つ沸々とした激情。一体こんな深みのあるバッハを、本当に17歳のピアニストが演奏しているのかと、聴いていてちょっと信じがたい気がするものでした。
バッハ以外の曲では割りと力押しな部分が強くて、プロコ「束の間の幻影」などは演奏の間合いが閃きに富んでいて傾聴させられるのですが、ブゾーニ「インディアン日誌」やプロコフィエフ「悪魔的暗示」あたりだと、テクニック依存の割合が高いぶん音楽としての黙考感がバッハに比べていまひとつであるところに物足りなさが残ります。それは逆に言うとバッハが突き抜けているということですが、、
そういうわけで、上記CDを耳にして以来カシオーリのディスクはだいたいチェックしているのですが、結局グラモフォンからはわずか3枚のリリースにとどまり、その後デッカに移ってからも頻度的にはさほど上がっておらず、どうもレコーディングにあまり意欲的なスタンスではないピアニストのようです。
以上、前置きが長くなりましたが、今回の新譜はカシオーリ初のオール・ベートーヴェンで、どんな演奏が聴けるか、興味深いところです。
それで聴いてみると、最初の「月光」ソナタでは冒頭のppの3連符から一貫して速めのさらりとしたテンポで淡々と進められ、第2楽章も含めて、何かあっという間という感じに音楽が過ぎ去るという風で、どうも引っ掛かりに乏しい印象でした。
これが終楽章になると、冒頭のテーマ右手を音量をかなり抑えると同時に左手のバスを大きく強調し、大胆なバランスを構築したり、(1:15)あたりでのスタカートをソフトに描いたりなど、かなり仕掛けてきます。展開部以降も明らかに高声の比率を薄め、低声の比率を高めた個性的なバランスが聴かれるなど、オーソドックスではないやり方が披歴され、カシオーリが自分の個性を刻印しようとしている様が聴いていて明確に伺われます。
確かに、これはありきたりの表現ではないですし、カシオーリ自身の考え抜かれた演奏だなという印象は強く受けるのですが、それにしては聴いていてどうも感銘が薄い、もしくは感銘がいまひとつ伸びないような気がしたのも事実です。
続く「テンペスト」と「エロイカ変奏曲」においても、およそ常套的な表現法とは言い難い、かなり個性的なベートーヴェンが披歴されていて、フレッシュな印象には事欠かないのですが、それに見合う深みが付随しているかという点では、聴き終えてやや疑問の残るものでした。
あくまで私の印象なのですが、全体的に個性感を出そうと考え過ぎて肝心のタッチの方が浅かったり、フレージングが軽く流れてしまっている気配があり、つまるところ、やや細工(知的操作)が過ぎて肝心の音楽の味が薄くなっているような、そんな印象が聴いていて随所に伺われたというのが率直なところです。
このカリオーリのベートーヴェンは、テクニックも含めて表現力としては確かに冴えており、並のピアニストには軽々しく出来ない地点の演奏だと思うのですが、しかし若干17歳のデビュー盤で、あれだけの深みのある演奏を成し遂げたピアニストのベートーヴェンとして聴くと、やはり不満が残ってしまいます。ちょっと、伸び悩んでいるような気配があるというか、、、
もっとも、単に私に聴き込みが浅いからそう思うだけなのかも知れないですし、もう暫らく聴き込んでみたいと思っています。ただ、現状での感想は以上の通りです。
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