ヨッフム/フランス国立管によるブラームス交響曲第1番の82年ライヴ
ブラームス 交響曲第1番&ワーグナー トリスタンとイゾルデより「前奏曲と愛の死」&ブルックナー 交響曲第7番
ヨッフム/フランス国立管弦楽団
INA 1982年ライヴ(ブラームス)、80年ライヴ(ワーグナー、ブルックナー) IMV033

先日、オイゲン・ヨッフムがベルリン・ドイツ交響楽団を指揮したブラームスの交響曲第1番(1981年のライヴ録音)について感想を掲載しました。
それを掲載してから思い出したのですが、その録音とほぼ同じ時期、ヨッフムは同じブラームスの1番に、極めつきともいうべきライヴ盤を残していことを迂闊にも失念していました。今日は、それについて書きたいと思います。
このブラームスの1番は1982年5月におけるフランス国立管弦楽団を指揮してのコンサートのライヴで、当時の放送音源がかなり良好なステレオ音質でディスク化されています。併録はワーグナーのトリスタンとイゾルデより「前奏曲と愛の死」と、ブルックナーの交響曲第7番で、こちらはともに1980年2月のライヴです。
実はこのCD、もともとブルックナーの交響曲第7番を目当てに購入したものです。ちょうどヨッフムが例のドレスデン・シュターツカペレとのブルックナー全集を録り終えた頃のライヴで、名演が期待できると踏んだのですが、いざ聴いてみると意外に振るわなくて、ちょっとがっかりでした。というのも、オーケストラが明らかにブルックナーに不慣れで、共感に乏しいからで、残念ながらヨッフムのブルックナーとしては全体にいまひとつの水準に落ち着いている感じが否めないところです。
しかしながら、このディスクの真の聴きものは、実はブラームスの方でした。最初に耳にした時、これがフランスのオーケストラによるブラームスとは俄かに信じられないくらいでしたが、今日、久しぶりに聴いてみて、その神憑り的な演奏内容とも言うべきヨッフム会心のブラームスに、やはり圧倒させられました。
第1楽章冒頭から思わず仰け反るような凄味のある強奏展開が呈示され、主部以降も、どっしりと揺るぎない安定感を保持するテンポを基調に、あたりを払うかのような音楽の比類無いほどの威容にひたすら圧倒される思いです。ことに弦合奏の発するぎっしりとした音響密度、そのフレージングの豪胆さ、ヴァイオリン・パートを中核とする高声の常軌を逸した鳴りっぷり。トランペットを中心に金管パートもここぞという時に凄まじい咆哮を巻き上げ、特に第1楽章再現部突入時の(9:52)でのトランペットの最強奏などは、ベルリン・ドイツ響でのライヴでも凄かったものですが、このフランス国立管とのライヴではそれをも凌ぐかというくらいに、振り切れています。
中間の2楽章も、もしこれをブラインドで聴かされたらフランスのオーケストラが演奏しているとは、まず看破できないと思えるほどにフランス色は希薄であり、平明な色彩感ながらも実に深みのある響きが充溢し、媚びの欠片もないフレージングの格調も含め、ヨッフム最晩年の境地が映されたような懐の深い演奏内容に、聴いていて心打たれる思いです。
終楽章は冒頭のティンパニの豪打からして途方もなく、主部以降の音楽の高揚力も尋常でなく、その堂々たる歩の進め方から展開される音響的緊迫感がまた素晴らしく、まさに聴いていて息の詰まるようなドラマに満ち、聴いていて鳥肌が立つほどですが、さらにコーダ(15:30)からの爆発的なアッチェレランドにおいては鳥肌どころか総毛立つくらいで、その振り切れた高揚力に叩きのめされ、聴き終えてしばらくグッタリしてしまうほどでした。
それにしても、先般のベルリン・ドイツ響とのブラームスに続いて、このフランス国立管とのブラームスを耳にし、最晩年のヨッフムはやはり相当のカリスマ性を備えた指揮者だったのだなということを改めて思い知らされました。このフランスの名門オーケストラのポテンシャルが、これほどまでに発揮し尽くされた演奏というのも滅多にあるものではないと思うのですが、オーケストラがドイツであろうと、フランスであろうと、アンサンブルを徹底的に自分の色に染め上げ、自分の意の通りの演奏を再現できるというのは、本当にすごいですね。
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