N.ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管によるドヴォルザーク交響曲全集
ドヴォルザーク 交響曲全集
ネーメ・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
シャンドス 1986・87年 CHAN9991-6

今週始めにサントリーホールで聴いたドヴォルザークの交響曲第1番「ズロニツェの鐘」は、この演奏頻度が極度に低い名曲を生演奏で聴くことができ、そのうえ演奏内容も素晴らしくて感無量でした。
私がこの「ズロニツェの鐘」を「名曲」として認識するようになったのは、実は最近のことで、あるCDでこの曲を聴いたのがきっかけです。
そのCDというのは、ネーメ・ヤルヴィがスコティッシュ・ナショナル管弦楽団を振ってシャンドスに録音したもので、それは激安レーベルのブリリアントから2008年にリリースされた、以下のドヴォルザーク・シンフォニー全集に含まれていたものです。

ドヴォルザーク 交響曲全集
ネーメ・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(第1〜第4)
ビエロフラーヴェク/チェコ・フィル(第5〜第7)
ヤンソンス/オスロ・フィル(第8・第9)
ブリリアント・クラシックス 1987〜92年 93635
私がこの「ズロニツェの鐘」という曲の真価を初めて認識させられたような気がしたのが、このヤルヴィの演奏を聴いた時でした。
そもそもドヴォルザークの交響曲のうち初期の5曲は、いずれも演奏頻度がそれほど高いものではないですが、その中でもこの交響曲第1番「ズロニツェの鐘」は突出的に演奏頻度が低く、日本はもとより本場チェコでさえ滅多に掛からない曲だそうです。
この曲はドヴォルザーク24歳の時の若書きの作品で、ドイツの作曲コンクール落選作であり、それに失意したのかドヴォルザーク自身がこの曲を半ば封印状態にしてしまい、1865年に作曲しながらスコアの出版が実に100年近く後の1961年という、数奇な運命を辿った経緯があります。
おそらくこのあたりの事情もその演奏頻度の低さに影響していると思われますが、最大の要因は、この曲が「第1番」にして、いきなりドヴォルザークの9曲のシンフォニー中最大の演奏時間を要する大曲だからではないかと考えられます。つまり、この曲を上演するとなるとプログラムの後半以外考えられない、さりとて、この曲をコンサートのトリに据えるにはポピュラリティが弱く、集客性の観点から躊躇してしまう、そんな性質がこの曲の扱いを難しくしているような気がします。
CDの話に戻りますが、私は上記ブリリアントのボックスセットによってヤルヴィ/スコティッシュによるドヴォルザークの名演ぶりを知るに及び、同セットにふくまれていない5番〜9番の方についてもヤルヴィ/スコティッシュの録音で聴きたくなりましたが、探してみるとバラ売りのものは見当たらず、結局、ダブリ覚悟で交響曲全集盤の方を購入しました。
全9曲とも共通して言えることですが、必ずしも「ドヴォルザークらしい」感触の演奏ではないと思います。造型的にはスマートで、テンポを揺らすなどの情緒を強調するような表情付けは総じて抑制されていますし、弦の編成もやや小振りで、重厚な量感あるいは濃厚なメロディ・ラインといった方面は目立たず、オーケストラの洗練された音色のフィーリングも含め、いわゆるチェコの郷土色のようなものからはかなり遠くに位置づけられる演奏です。
しかし純音楽的な観点からみて、これほどの充実感に満ちたドヴォルザークは滅多に耳に出来ないのではないかと感じられるのも、また事実です。ヤルヴィのアグレッシヴなまでの表現意欲がオーケストラの隅々にまで浸透したかのような、フォルテでの胸のすくようなオーケストラの鳴りっぷり、金管パートのめくるめく音彩感、そして一点も弛緩しないアンサンブルの素晴らしい集中力から繰り出される、音楽の圧倒的なインテンシティ。
ヤルヴィ/スコティッシュはこの全集と同じ時期に、シャンドスにプロコフィエフやショスタコーヴィッチなどのシンフォニーも録音していますが、いずれも抜群の演奏内容です。このあたりがおそらくネーメ・ヤルヴィの最も脂の乗っていた時期にして、オーケストラとしても全盛期、そんな感じがします。
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