ネーメ・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管によるショスタコーヴィチの交響曲第10番


ショスタコーヴィチ 交響曲第10番、バレエ組曲第4番
 N.ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
 シャンドス 1988年 CHAN8630
CHAN8630

一昨日はパーヴォ・ヤルヴィがシンシナティ響と録音したショスタコーヴィチの10番の新譜についての感想を掲載しましたが、この曲では、パーヴォの父親ネーメ・ヤルヴィがかつてシャンドス・レーベルに録音したCDがあります。

そこで、その父ネーメがスコティッシュ・ナショナル管を振って録音した同曲のCDを聴き返すとともに、息子パーヴォの最新盤と聴き比べてみました。

演奏タイムはネーメ盤の方が短めで、第1楽章はネーメ盤23分に対しパーヴォ盤25分、第4楽章はネーメ盤12分半に対しパーヴォ盤14分という風に、特に両端楽章でネーメ盤の方が速めのテンポです。

演奏内容ですが、ネーメ盤のアンサンブル展開はパーヴォ盤のそれに比し音響の色彩感が明らかにどぎつく、ここぞという時の金管パートの強烈というより熾烈というべき最強奏の凄味には尋常ならざるものを感じます。

第1楽章の中盤の強奏起伏たる(10:58)からの金管のフォルテッシモの壮絶感などがそうで、ここは一昨日のパーヴォ盤の感想の中で、「ここは本当に凄い演奏だと、聴いていて言い知れぬ恐怖というか戦慄的なインパクトを存分に感得させられる」と書いたところですが、その「本当に凄い演奏」に該当するひとつがこのネーメ盤にほかならず、ここにはパーヴォ盤において希薄と感じた破滅的な色合い、この作品に内在する狂気の気配、あるいは聴いていて奈落に引きずり込まれるような感覚、そういう雰囲気が如実に聴かれます。

対して、ネーメ盤に対しパーヴォ盤が優位と感じるところは、まず強奏弱奏を問わず恐るべき明晰さをもってハーモニーが形成されている点で、特に両端楽章ではネーメ盤よりテンポがひとまわり落ち着いていることに加えてDSDのクリアな音質も手伝い、聴いていて作品のディテールの隅々までが見晴らせるようなパースペクティヴにおいてネーメ盤を凌ぐ美質を満たしていると思います。

そしてシンシナティ響のアンサンブル能力という点でも、ネーメ盤のスコティッシュ・ナショナルのそれを一歩凌駕し、一昨日書きましたように、その技巧的な切れと安定感に関しては聴いていて端的に魅了させられるものです。

以上の観点からすると、それぞれ一長一短で引き分け、と言いたいところですが、こと演奏自体の純粋な表出力という面では、パーヴォ盤はネーメ盤に及ばない、というのが私の率直な感想です。パーヴォ盤はおそらく現代オーケストラの可能な最高のパフォーマンスのひとつですが、ネーメ盤に比べると全体に技巧に対する過度の追求、ないし客観的な楽譜の再現へのこだわりが過ぎる反面、作品内部への踏み込みが甘く、聴いていてこの交響曲の異常性、ひいてはショスタコーヴィチの音楽の特異性が十全に伝わってこないように思います。

逆に言うとネーメ盤はその切羽詰まったような音楽の緊迫感においてパーヴォ盤に優位し、その演奏内容の凄みをあらためて認識させられるものでした。

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