マンゼ/ヘルシンボリ響によるベートーヴェンの英雄交響曲


ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」ほか
 マンゼ/ヘルシンボリ交響楽団 
 ハルモニア・ムンディ 2007年 HMU807470
HMU807470

収録曲はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、12のコントルダンス(WoO14)、バレエ「プロメテウスの創造物」よりフィナーレ。この3曲には共通主題が用いられていることで有名で、その共通項に基づくカップリングのようだ。

アンドルー・マンゼといえばバロック・ヴァイオリンの鬼才にしてイングリッシュ・コンサートの音楽監督であり、いわば古楽畑のアーティスト。しかしこのベートーヴェンの録音では、モダン・オーケストラを指揮しての演奏となっている。オーケストラはスウェーデンのヘルシンボリ響で、06年からマンゼが首席指揮者をつとめている手兵オケとのこと。ひと通り聴いた感想としては、迫力面にやや難があるのが少し気になったが、随所に新鮮な息吹を感じさせるベートーヴェンであり、かなりの聴きごたえを感じた。

まず印象的なのは古楽的スタイルの特性がそれほどには強調されていないこと。古楽畑の指揮者のモダン・オケによるベートーヴェンということで、かつてノリントンがシュトゥットガルト放送響と録音した「英雄」(ヘンスラー CD93.085)での演奏のイメージを聴く前にある程度連想していたのだが、聴いてみると趣きがかなり違う。ノリントンの「英雄」は古楽のバランスの異彩性を全面に押し出しての、過激なまでの刺激に満ちた名演だったが、それからするとこのマンゼの「英雄」はバランス的にずっと穏健だ。管や打の突出はおおむね抑制されていて、造形的にもオーソドックス。編成スタイルも10型とオーソドックスで、古楽アンサンブルのように弦の人数を絞ってはいない。このようなオーソドックス・スタイルに依りながらも、そこから湧出する響きの感触にかなりの新鮮味があり、そこに本演奏の美質があるように思う。

すなわち、このマンゼの「英雄」ではハーモニー・バランスにおける弦パートの音色のシャープな強度感と、管パートの音色のしっとりとした潤いとの対照がユニークな色合いを供出している。オーソドックスというのはあくまで造形やバランスの面でのことで、奏法的には古楽流のアプローチがかなり徹底されている。ヴィブラートが抑制されてキリッとした旋律線、レガートよりもスタカートを志向した張りのあるアーティキュレーション、そして弦楽器の音色のシャープな強度感というあたりがそうで、わけても弦楽器の響きのクオリティが素晴らしい。古楽奏法に基づくフレージングの鮮やかなエッジの立ち具合が、10型規模に基づくヴォリュームの確保により増強されていて、弦パートに一貫して強い表出力が付帯している。第1楽章展開部(7:45)から低弦に沸き起こるパッセージ伝達での生々しい律動感、(8:31)の最強奏での核のある響きなど。他部も含めて、音楽がフラットに流れることがないし、全体にマンゼが古楽演奏で培った鋭い感性が、この演奏に独特の精彩をもたらしているように思われる。

ただ迫力面に関してはもう少し伸びる余地があるような気もする。例えばノリントンは古楽奏法の軽量感を補完するため管を劇的に突出させたり打楽器を激打したりして素晴らしい迫力を表出させていたが、このマンゼの演奏ではそのあたりに物足りなさがある。特にティンパニは一貫的に控えめで場面によってはもう少し強打してもいいのではないかと感じた。

カルミニョーラとアバド/モーツァルト管弦楽団によるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集


モーツァルト ヴァイオリン協奏曲全集
 カルミニョーラ(vn) アバド/モーツァルト管弦楽団
 アルヒーフ 2007年 4777371
4777371

モーツァルトのヴァイオリン協奏曲全5曲とK.364の協奏交響曲(ヴィオラ奏者はダニューシャ・ヴァスキエヴィチ)が収録されている。

モーツァルト管弦楽団は2004年にアバドにより設立された、ボローニャを本拠とする若手奏者限定オーケストラとのことで、この演奏ではピリオド楽器編成が採られている。ピッチは430HZで、現代の標準ピッチよりは低いが、ピリオド演奏の標準415Hzよりは高い。そのため、ピリオド・アンサンブルの演奏としてはかなり華やかな色合いで、その音色も非常に洗練されている。なおかつピリオド演奏に特有する、ヴィブラートを抑制したキリッとシャープな響きの結像感も兼ね備えているようだ。アバドの指揮もきめ細かく、本来ピリオド畑の指揮者ではないにもかかわらず、ピリオド・アプローチがしごく堂に入っていて驚かされるほどだし、解釈的にもモダン・オケを振る時よりも大胆さが増している感じがする。例えば第3コンチェルトの第1楽章の出だしなど、冒頭の強和音をすこぶる鮮烈に鳴らし、直後の弱音は音量を絞って痛快なダイナミクスのコントラストを強調しているが、ここなど明らかにスコアのf→pをff→pp的に強調した解釈だと思う。

オーケストラの名演ぶりに呼応するかのように、ジュリアーノ・カルミニョーラのソロも非常に充実している。ピリオド・ヴァイオリンを自在に駆使することにかけてはこの上ないほどの爽快な弾きっぷりで、特に第4コンチェルトと第5コンチェルトに聴かれる速いパッセージでの響きのエッジの鮮やかな立ち具合、音色の強さと美しさ、メロディ・ラインの訴えかけの強さ、いずれも抜群で聴いていて否応なく酔わされる。

もっとも、ここでのカルミニョーラのボウイングは、かつて一世を風靡したヴィヴァルディの「四季」(ベニス・バロック管との新録音ではなく、ソナトーリ・デ・ラ・ジョイオーサ・マルカとの旧録音の方)に聴かれた圧倒的な快刀乱麻ぶりから比べると、全体に穏健であり、カルミニョーラにしてはいまひとつ緊張感が大人しい嫌いもある。としても、そのぶん演奏の陶酔感が増しているのは確かで、それはモーツァルトの音楽のスタイルにもピタリと合う感じがするし、オーケストラも含めておそらくモーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集としての最高の美演のひとつだと思う。

モントゥー/シカゴ響によるフランクの交響曲とモントゥー/ボストン響によるストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」のSACD盤


フランク 交響曲
&ストラヴィンスキー ペトルーシュカ(1911年版)
 モントゥー/シカゴ響(フランク)、 
 モントゥー/ボストン響(ストラヴィンスキー)
 RCA 1961年(フランク)、1959年(ストラヴィンスキー) BVCC-37445

フランクの方は、言うまでもなくこの曲の古典的名盤で、SACD化に伴いトッティの感触などややソフト化したような気がしなくもないものの、それでも凄い迫力だ。第1楽章は規範的で折り目正しいテンポの動きから展開される、充実をきわめる金管の強フレージング、ティンパニの激打など、音響的迫力が並々ならない。第2楽章もオーソドックスな進め方ながら、木管の線の太さなど、アンサンブルの響きの濃度が演奏に深みを付与しているし、終楽章は白眉で、まさにモントゥー入魂の快演であり、磨きこまれた強靭なアンサンブルから繰り出される、ブリリアントな音響の高揚感が圧倒的だ。

ストラヴィンスキーの方は、この曲の初演者がモントゥーであり、格調高い演奏なのだが、フランクよりはやや落ちると感じる。肉厚の乗った響き、打楽器の苛烈な強打など、迫力水準は並みのものでないが、ネックはやはり音質で、いくらSACD化でも限界があり、例えば第4場(夕方の市場)冒頭コン・モートなど響きがかなり混濁していて、見通しがいまひとつだ。終盤あたりも、現在のこなれた演奏水準の録音と比べると、アンサンブル展開のシャープ感が弱く、急迫感がいまひとつ振り切らない感じがする。

レナルト/新星日響によるマーラー交響曲第3番と第10番アダージョ


マーラー 交響曲第3番、第10番アダージョ
 レナルト/新星日本交響楽団
 STUDIO FROHLA 1998年・99年ライブ B-2006-7

08年4月11日にサントリーホールでオンドレイ・レナルト指揮東京フィルによるマーラー交響曲第1番「巨人」を聴いたが、これが素晴らしい演奏だった。レナルトの演奏は今までも何回か聴いたことはあったが、このときのマーラーほどは強い印象はなかった。アンサンブルの充実感がめざましく、弱奏部のキリリとしたソノリティのフォーカス、そして強奏部に漲る緊張感の高さ、いずれも一級で聴いていて惚れぼれさせられた。オンドレイ・レナルトは、マーラー演奏に対する相性の良さと強いシンパシーを持った指揮者ではないかと、その実演を聴いて思った。

そのホールで売られていたので購入したのが、このディスク。新星日本交響楽団が東京フィルと合併する前の録音で、もともと自主制作盤だったものを復刻したものらしい。聴いてみると、音質が全体に若干くぐもっている感じがあり、そのため聴いていて惚れぼれするとまでは正直行かなかったが、演奏自体はかなりの名演だと思う。最初の第10番アダージョでは(17:58)での痛切味が非常にいいし、次の第3シンフォニーも、すべてにおいて誇張のない、正調の構えでありながら、実演でのアンサンブルの充実を彷彿とさせるハーモニーの有機的な織り上げが素晴らしい。第1楽章でいうなら、(2:00)近辺でのトランペットとティンパニの強度感からいいし、(14:00)あたりの最強奏の痛撃感もいい。(22:30)あたりのクライマックスは、もう少しアクセルを踏み込んでもいいような気がする。コーダの燃焼感は最高だ。

クリップス/ウィーン・フィルによるハイドンの「驚愕」・第99番とシューベルトの「未完成」


ハイドン 交響曲第94番「驚愕」・交響曲第99番
&シューベルト 交響曲第8番「未完成」
 クリップス/ウィーン・フィル
 デッカ 1957年(ハイドン)、69年(シューベルト) KICC8118

名匠クリップスとウィーン・フィルによるハイドンとシューベルトの古典的名盤。とくに「驚愕」はLP時代から今日まで名演奏との評価がほぼ確立されている。

そのハイドンの「驚愕」は第1楽章冒頭序奏から(1:11)の第1テーマ登場に到るまでのアンサンブルの色彩の立ち具合にまず魅了される。弱奏においてもソノリティがふっくらとしているし、音色の味も濃い。(2:00)からのミノーレのフォルテも響きが極めてみずみずしい。反面、(2:19)からの第2テーマではフォルツァンド指定がほとんど活きておらず、他部においてもアタックは総じて大人しく、パンチの効き加減が弱い。そのあたりに聴いていて一抹の物足りなさも感じるものの、個々のフレージング自体の克己感や強度感はバツグンで、ことに弦パートの充実感がめざましい。(5:16)あたりの高弦と低弦の織りなす濃密なハーモニクスなど、絶品だ。

第2楽章は例の「驚愕」のトッティを始めアタックがそれほど強烈というものではないが、管弦の色彩の立ち具合は相変わらず、特に(3:22)からの第3変奏でヴァイオリンとオーボエとフルートが形成するハーモニーの美しさが素晴らしい。第3楽章はアレグロ・モルトにしてはかなりゆったりとしたテンポで、特に近年の古楽器アンサンブルの演奏に聴くハイ・テンポのものとは表情がガラリと違う。終楽章はウィーン・フィルのヴァイオリン・パートが絶好調だ。とりわけ第1主題確保部でのフォルテ進行に聴かれる湧き立つような響きの鮮烈感が非常にいい。

99番のシンフォニーの方も同じスタイルでの美演。ただ、こちらは編成上、94番と比較してクラリネットが追加されているのが特徴なのに、そのクラリネットがこの演奏ではいまひとつ冴えない感じがする。もっともオーボエなどはかなり冴えているし、弦パートの充実感も相変わらずいい。シューベルトの「未完成」はハイドンより音質がひとまわり良く、アンサンブルのこなれ具合もハイドン以上で、音色の味も濃い。ハイドンと同様にアーティキュレーションがソフト基調な点に物足りなさがあるものの、内容的にはハイドンと同格の名演だと思う。

クレンペラー/ニュー・フィルハーモニア管によるワーグナー「ワルキューレ」第1幕のテスタメント復刻盤


ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」第1幕
 クレンペラー/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
 テスタメント 1969年 SBT1205

クレンペラー最晩年の時期の録音で、可能であればおそらく「リング」全曲録音の先鞭となるはずだったが、それは70年代初頭の引退のため成されなかった。

このディスクはテスタメント・レーベルがEMIの音源を元に再リマスタリングしてCD化したものだが、その音質の良さには驚かされる。演奏自体はかつて本家EMIから国内盤としてリリースされていたもの(TOCE-9758-59)と同一なのだが、音質的には月とスッポンで、EMI盤のモコモコした音質がこのテスタメント盤では見事なばかりに一新されている。とにかくソノリティの臨場感が素晴らしく、ほとんど最新録音の域だ。冒頭の序奏の低弦の荒々しいうねり、(1:48)からの高弦の猛り、(2:23)のティンパニの轟音、いずれも圧倒的な迫力を湛え、最晩年のクレンペラーの演奏の真価をまさに伝え切っている。

音質がいいため、管弦楽のみならず歌手の歌いぶりにも非常に充実感がある。ジークムント役ウィリアム・コクランは高音の伸びと逞しさが圧巻だ。クレンペラーの伴奏が緩急を抑制した大河的なものであるため、情感振幅性が全体に抑えられているものの、その歌唱は伸びやかにして客観的な凄味を帯び、わけても中盤でヴォータンの名を絶叫するあたりからジークリンデとの二重歌に流れ込むシーンが非常に充実している。ジークリンデ役ヘルガ・デルネシュはカラヤンの「リング」全曲のブリュンヒルデ役として有名だが、ここでの歌唱はそのカラヤン盤よりも遙かにいいと思う。カラヤン盤は歌手よりもむしろオーケストラを中心に録音バランスが組まれているので、確かに演奏自体は立派ではあるが、個々の歌手の真価はあまり伝わってこない。その渇きを補って余りあるのがこのクレンペラー盤で、中でも終盤のジークムントとの二重唱に聴かれる強烈な高揚力は、美声のイメージに終始したカラヤン盤での歌唱とは別人のような表情を呈していて感動させられる。

井上喜惟/ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラによるマーラー「悲劇的」


マーラー 交響曲第6番「悲劇的」
 井上喜惟/ジャパン・グスタフ・マーラー・オーケストラ
 JMO 2001年ライブ JMOCD001/2

井上喜惟が創設したアマチュア・オーケストラの第1回公演会のライブ録音。

第1楽章冒頭からビックリするほどのスロー・テンポ。この基調テンポは全楽章を通して一貫されており、ユニークだが、第1楽章提示部から展開部中盤くらいまでは、表情的にあまりピンと来ず、何故のスロー・テンポであるのか、という点が分かりにくい。オーケストラの技術力が万全でない(管を中心に音程取りがかなり危なっかしい)点も含め、聴いていてこのままで大丈夫か?と思ってしまう。

しかし再現部に差し掛かるあたりから、スロー・テンポがその意味を語り始め、表情が俄然生彩を増す。このスロー・テンポはスローであっても画一的なものではなく、微妙な起伏を孕んだ繊細なテンポ取りであり、例えば再現部突入直後の(18:35)など、そのテンポに漲る非情なまでの凄みが素晴らしい。(21:30)あたりのテンポ・ダウンも圧巻だ。わずかなテンポの変動で、これほど表情が激変するとは! コーダはティンパニを徹底的に抑制し、弦の刻みを前面に展開させているのが新鮮で、ここまでティンパニを抑える演奏は珍しいと思うが、そのぶん弦の表出力が効果的にかさ上げされている。

第2楽章、第3楽章もやはりスロー調を基本に繊細なテンポ・ダウンやテヌートを効果的に付帯させ、音楽のシリアスな表情がすこぶる生々しい。終楽章も同様だが、ここではオーケストラの迫真のアンサンブル展開が素晴らしい。アマチュア・オーケストラの演奏らしい、多少の演奏ミスよりも表出力を優先させる方向性が顕著だ。

ズヴェーデン/ロンドン・フィルによるマーラー交響曲第5番


マーラー 交響曲第5番
 ズヴェーデン/ロンドン・フィル
 ロンドン・フィル自主制作 2008年ライブ LPO-0033

ヤープ・ヴァン・ズヴェーデンといえば、エクストン・レーベルで継続中のオランダ放送フィルによるブルックナーの交響曲シリーズが各方面から絶賛されている。そのブルックナー・シリーズはいくつか聴いていて、いずれも文句なく名演だと思う。それに対し、このディスクに収録されているのはマーラーで、名門ロンドン・フィルに客演してのライブ録音。しかし、ブルックナーに相性の良い指揮者は、逆にマーラーには相性が良くない、というケースが多い。果たして、ズヴェーデンはどうだろうか。

さっそく聴いてみると、第1楽章冒頭から極めて明晰なハーモニクスの練り上げで、高声から低声まで万遍なくクリアで抜けの良いアンサンブルが描き込まれている。フレージングもキメ細かいし、トッティの情報量という点でも申し分がない。しかし、迫力という点ではいまひとつ突き抜けたものが弱い。ことに(5:30)からの第1トリオがそうで、アンサンブルの見晴らしの良さが、逆に音響密度の薄さを印象づけてしまうような気配があるし、ティンパニもいまひとつ鳴り切りが悪い。第2楽章も冒頭から高速テンポにもかかわらず切れ味抜群のフレージング展開であり、それは凄いとしてもバスにあまり厚みが乗らない点、ヴァイオリンのえぐりが十分に効いていない点など、やはり迫力感が物足りない。

しかし演奏が進むにつれてジワジワとアンサンブルに充実感が増していき、(11:48)以降の追い込みになると、迫力的にも素晴らしい聴き応えだ。おそらくライブ録りの特性で、演奏の進展とともにオーケストラが好調の波に上手く乗った、という感じがする。その好調ぶりは第3楽章にも引き継がれ、音響的な充実感が持続しているし、ハーモニクスの見晴らしの良さも相変わらず。ライブでここまで、というハイ・レベルな内容だ。第4楽章も名演。弱音といい強音といい、すみずみまで神経の行き届いた有機的なフレージングに傾聴させられる。(7:43)あたりのチェロの深み。終楽章は、冒頭から中盤までは第3楽章ほどの充実感に乏しく、いまひとつだが、終盤で一気に盛り返す。(9:30)あたりから精彩が増していき、(10:42)あたりで全開。コーダでは強烈な加速を仕掛けるが、アンサンブルはパーフェクトに走り抜ける。終演後の拍手は盛大だ。

ジュリーニ/バイエルン放送響によるブラームス交響曲第1番のミュンヘン・ライブ


ブラームス 交響曲第1番
 ジュリーニ/バイエルン放送交響楽団
 Profil 1979年ライブ PH05021

2005年に没した名指揮者カルロ・マリア・ジュリーニの追悼盤として同年にリリースされたディスクで、79年におけるミュンヘン・ヘラクレスザールでのコンサートのライブ。

ジュリーニの指揮によるブラームスの1番は、92年録音のウィーン・フィルとの素晴らしいスタジオ録音盤(POCG9623/4)があり、このウィーン・フィル盤がおそらくジュリーニとしても会心の演奏ではないかと思っていたのだが、このバイエルン放送響とのライブ盤は、そのウィーン・フィル盤に比肩する素晴らしい演奏だと思う。

もちろんオーケストラも録音時期も録音形態も異なるため、演奏の印象自体は双方でかなり違うが、感動の度合いという点では互角だ。具体的に言えば、第1楽章はウィーン・フィル盤の方がわずかに上、中間2楽章は同格、そして終楽章はバイエルン盤の方が明らかに上回る。演奏タイムとしてもウィーン盤52分に対しバイエルン盤49分とほぼ同じだが、ウィーン・フィル盤は全楽章ムラなくアンサンブルの充実度が際立っているのに対し、バイエルン盤はライブ録りの特性ゆえか、第1楽章がウィーン・フィル盤より音響密度がひとまわり弱く、逆に終楽章の音響密度がすさまじい。

ジュリーニの指揮は両演奏ともに遅めのテンポを維持した巨匠風解釈であり、加減速の起伏に乏しいかわりに仰ぎ見るような揺るぎない造形的格調感が供出されている。そしてこのバイエルン盤の白眉は前述のように終楽章にあり、ここにおいてもテンポ設定はスロー基調が維持され、第94小節のアニマートの局面(6:10)においてさえテンポは微動だにしないという徹底ぶり。そのテンポの安定感をベースに繰り出されるアンサンブルの音響的充実度は目を見張るばかりで、わけても再現部に突入する(9:25)以降のソノリティの味の濃さは絶品だ。ここまで濃密を極めるアンサンブルが、イン・テンポのスロー基調から放たれる音楽の様相は、まさに表面的な感傷とはおよそ無縁な、強力な深みを伴う音楽的高揚感を喚起させて止まない。そして全楽章を通じて維持させてきたスロー調が初めて破られるのがコーダで、その強烈度は聴いていて総毛立つほどだ。

アラウによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ「熱情」と「告別」のデジタル盤


ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第26番「告別」、第23番「熱情」、第13番
 アラウ(pf)
 フィリップス 1984年 UCCP-3206

クラウディオ・アラウは1980年から91年にかけてフィリップス・レーベルにベートーヴェンのピアノ・ソナタ作品をデジタル録音したが、「月光」と「ハンマークラヴィーア」のみ再録が果たせなかったため全集とはならなかった。

このディスクはその一連の演奏の中の84年録音の3曲を収めたもの。さすがに名演との普遍的評価を享受する見事な演奏だと思う。

中でも「熱情」は別格の名演、という感があり、第1楽章冒頭のppのか細い響きからはおよそ考えられないほどにフォルテ・フレーズの強打音の充実感が際立つ。すなわち強弱の対比力が強烈を極め、ダイナミズムの振幅が凄まじい。高音の音色の音彩の立ち具合も素晴らしく、これが響きに強い張りと緊張感を付与している。そしてテンポは、全般に遅めのイン・テンポが貫徹される。明らかに客観スタイルだが、ダイナミズムがハンパでないため、客観演奏ならではの凄味とスケール感が充溢し、そこには仰ぎ見るような音楽の威容さえ感じさせられる。終楽章の(7:50)からのコーダのド迫力は聴いていて震えがくるほどだ。

この「熱情」と並んで「告別」の終楽章も素晴らしい。ことに第1主題が印象的で、この主題はスコア上、最初pからクレッシェンドして4小節めからデクレシェンドしていくように指定されているのだが、クレッシェンドの頂点に強弱記号が指定されていないため、どこまで音量を上げるかはピアニストの解釈に依存する。普通はfくらいでデクレシェンドさせるが、これをアラウはffくらいまで高めて見事な高揚感を印象づけている。また(0:48)からのffのパッセージはまるで巨人のような足取りで、雄渾の極み。以降も終曲まで「熱情」と同等のダイナミズムの充実感が支配的で圧倒させられる。

バーンスタイン/ベルリン・フィルによるマーラー交響曲第9番


マーラー 交響曲第9番
 バーンスタイン/ベルリン・フィル
 グラモフォン 1979年ライブ POCG-1509/10

あまりにも有名な、バーンスタインとベルリン・フィルのただ一回の共演コンサートのライブ盤。

バーンスタインの死後に正式リリースされたもので、両者の一期一会の貴重なドキュメントなのだが、それ以上に演奏内容が圧巻。これは歴史的名演といい得るものだと思う。

第1楽章冒頭の低弦、ホルン、ハープの最弱奏から個々の音形が鮮やかに立っていることに驚かされるが、決定的なのが最初の起伏となる(3:28)でのものすごいクレッシェンド! 恐るべき凝縮力であり、ベルリン・フィル全力の本気ぶりがひしひしと伝わってくる。同じことは第7トラック(317小節)直前の最強奏などにも言え、とにかくここぞと言う時のアンサンブル密度の破格ぶりが際立っている。それに反するように、テクニカルな面での冴えはベルリン・フィルにしては総じて大人しいのが印象的で、例えば第9トラック(376小節)からのラングザマーの木管ソロなど、フレージングがやや危なっかしく、超技巧オケらしくない。これは第2楽章以降もそうで、全奏でタテの線が乱れそうになったり、楽想の区切りでアインザッツがビシッとしていなかったり、音程が危うくなったり、などという局面がそれなりに耳に付く。それが極まるのが終楽章第118小節すなわち第14トラックの(1:02)での有名な「トロンボーン落ち」で、天下のベルリン・フィルがこういうアマチュア・オケ並みのミスをするのは珍しいことだ。

このコンサートに関しては、演目がオーケストラにとって不慣れな作品であるのにリハーサルの時間が十分に与えられず(カラヤンの圧力によるとも言われている)、かなり厳しいコンディション下での演奏を余儀なくされたと伝えられている。それはベルリン・フィル側も承知の上であり、テクニカルな面での不備は事前に十分予期し得た。だからと言って、放送を通じて全世界に配信されるコンサートに凡演を晒すことは世界最高のオーケストラの矜持が許さない。だからこそ、その技術的な不備を補完すべく、アンサンブルの燃焼力を究極的に高め、バーンスタインの要求する表出力の発露にフルに応答することにより、彼らの矜持を保とうとしたのではないか、と思えてならない。

実際、ここに聴くベルリン・フィルの演奏はアマチュア的なまでの熱感と気迫が立ち込める素晴らしいものだ。第3楽章コーダのピウ・ストレット以降など、あのベルリン・フィルがここまで、というくらいの命がけの疾駆だし、終楽章も冒頭から稀有の音響的深みが充溢する。このあたり、カラヤンが同年にベルリン・フィルと録音した演奏(グラモフォン 453 040-2)と比べてみると、響きの深みに雲泥の差があり、唖然としてしまう。カラヤンの演奏は他楽章も含めて技術的には完璧だし、音質も上だ。しかし、演奏行為としてのリアリティに起因する感銘の度合いという点で、バーンスタインにおよそ敵し得ない。同じ曲で、同じオケで、録音時期も同じで、収録ホールも同じなのに、指揮者が違うだけで、まるで別の曲のような感じがする。

ローラ・ボベスコの1983年来日リサイタル・ライブ


ローラ・ボベスコの1983年来日リサイタル・ライブ
 ボベスコ(vn)、岩崎淑(pf)
 TDKコア 1983年ライブ TDK-OC011

曲目は①ヴェラチーニ ヴァイオリン・ソナタ(作品2の8)②ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」③ドビュッシー ヴァイオリンとピアノのためのソナタ。他にクライスラーなどのアンコール曲が4曲収録されている。

ローラ・ボベスコの4度目の来日リサイタルにおける演奏で、会場は日本都市センターホール。

①のヴェラチーニからたっぷりとした音量をベースに繰り広げられるフレージングのパッションが素晴らしい。音量が総じて高め(ヴィオラ用の弓を使っているとも言われている)な点も印象的ながら、当時60歳にならんとする年齢からすると、いかにも若々しい、その溌剌とした表情形成に魅了されるものがある。②は白眉で、冒頭から屈託の無い伸びやかなフレーズ・ラインが全体の表情を決定付ける。(1:15)からの重音進行の音立ちの良さ、(1:26)からのコン・アニマの躍動感とエレガンス、(4:21)あたりの弾けるような情熱味など、いずれも魅力たっぷりだ。第2楽章も、幾ばくかの危なっかしさを伴う闊達な語り口に得がたい妙味があるし、終楽章のボウイングもみずみずしい。(1:11)からのニ短調のサブ・テーマを、p指定に対し高めの音量で溌剌と弾き切っていたり。③のドビュッシーでは、一貫的に高めに維持される音量の豊かさが、時として弱音指定部の繊細なニュアンスの表出を阻害する局面もあるとしても、そのきっぷの良い弾きっぷりが清々しく、それに艶やかな音色の魅力が絶妙に交差する。

アルブレヒト・マイヤー/ニュー・シーズンズ・アンサンブルによるバロック・オーボエ協奏曲アルバム


『アルブレヒト・マイヤー/イン・ヴェニス』
 マイヤー(ob)/ニュー・シーズンズ・アンサンブル
 デッカ 2008年 4780313

収録曲は①ヴィヴァルディ: オーボエ協奏曲 ハ長調(rv447)②プラッティ: オーボエ協奏曲 ト短調③A.マルチェッロ: オーボエ協奏曲 ニ短調④B.マルチェッロ:カンツォーナ⑤ロッティ: オーボエ・ダ・モーレ協奏曲 イ長調⑥アルビノーニ: オーボエ協奏曲 ニ短調。また①の前にはヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲「冬」のラルゴ楽章のオーボエ編曲による演奏がある。

このディスクは先日、都内のCDショップの輸入盤コーナーで新譜を物色していた時に店内にかけられていたもので、何とはなしに聞いていたところが、そのオーボエの音色のあまりの美彩さに、いつのまにか魅了させられている自分がいた。それでどういうアルバムかも良く分からず、とりあえず購入したのだが、調べてみると08年8月に出たばかりの新譜で、ベルリン・フィルの首席オーボエ奏者アルブレヒト・マイヤーのデッカ・レーベルへのデビュー盤とのこと。収録曲はすべて1700年代のヴェニスにおいて作曲されたオーボエ音楽の名曲で占められている。

器楽アンサンブルを務めているニュー・シーズンズ・アンサンブルはマイヤー自身の人選による7人のメンバーから成っており、そのメンバーは、それぞれイル・ジャルディーノ・アルモニコ、コンチェルト・ケルン、エスペリオンⅩⅩⅠ、ル・コンセール・デ・ナシオンといった超一級の古楽器アンサンブル在籍奏者。なんとも贅沢だし、実際それら各奏者の演奏も素晴らしいが、やはりこのアルバムの主役はマイヤーのオーボエ・ソロだ。

そのフレージングはまさに天衣無縫という感じで、息継ぎの形跡すら聴いていてほとんど分らないくらいにメロディの流動感が際立っている。様式的にはバロック・スタイルに則ったもので、全体に旋律線を過分に広げすヴィブラートを控えめにとり、キリリとシャープな響きの結像感が一体に確保されている。それでいて音色は絶美。全6曲での白眉は③と⑥で、いずれも何という美しさ!

フルシャ/プラハ・フィルハーモニアによるドヴォルザークの弦楽セレナードと管楽セレナード


ドヴォルザーク 弦楽セレナード 、管楽セレナード
 &スーク  聖ヴァーツラフのコラールによる瞑想曲
 フルシャ/プラハ・フィルハーモニア
 スプラフォン 2007年 SU3932-2

このディスクはサントリーホールで購入したもので、08年5月14日の都響定期演奏会で接したヤクブ・フルシャの指揮が素晴らしかったため終演後に購入した。

フルシャの演奏を聴くのはこれが初めてで、チェコ生まれの若手指揮者という経歴だが、演奏会のプログラムはスメタナの「売られた花嫁」序曲、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲、プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」というもので、チェコものがメインとはなっていなかった。

最初のスメタナからオーケストラの音色が冴え、その躍動感とヴァイタリティの高いアンサンブル展開の見事さに思わず傾聴させられた。次のショスタコはガブリエル・リプキンのチェロ独奏がかなり生ぬるいことが要因であまり冴えない内容だったが、その不満を吹き飛ばしたのが後半のプロコで、これは聴いていて惚れぼれさせられることしきりの超名演だった。組曲ではなく全曲版から8曲が演奏されたが、冒頭の前奏曲の最初の主題からフレージングに型にはまったような様子がない。フルシャの指揮は体全体を駆使したダイナミックな運動感に満ち、見ているだけでも飽きない。演奏も全編に表情が豊かにして音響的にも濃厚、強奏時のはち切れんばかりのトッティのド迫力といいティンパニの強烈感といい、真にこもった響きの有機性といい、都響からこれほどのアンサンブルを引き出す指揮者の実力に驚嘆させられた。

フルシャはすでにスプラフォンと契約していてディスクも3点リリースされていたが、このドヴォルザークのセレナードのアルバムはその中でも08年2月リリースの最新盤とのこと。聴いてみると、弦楽セレナードがかなりの名演だと思う。チェロを中心にふくよかなバス・パートの味わいが瑞々しく、フレージングや音彩の冴えも一級、第3楽章の若々しい推進力もいい。管楽セレナードの方も悪くはないものの、やや普段着的でいまひとつ特徴感が薄い感じもある。音質は鮮明だが全体にいまひとつ抜けが悪く、改善の余地が若干あるような気がする。

ライアン/フランス国立ボルドー・アキテーヌ管によるシューベルト交響曲第9番「グレイト」


シューベルト 交響曲第9番「グレイト」
 ライアン/フランス国立ボルドー・アキテーヌ管
 MIRARE 2007年 MIR045

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2008」特設会場のCD販売エリアにて購入したディスク。

この音楽祭は2005年から毎年GW期間中に行われていたのに、会場が東京国際フォーラムというので敬遠してきたのだが、今年初めて足を運んでみたところ、その魅力にすっかりハマってしまった。ホールの音響に関しては、確かにNHKホールに輪をかけてデッドだが、思ったほどに酷いものではなかった。それより何より魅力的なのは、海外のアーティストによる公演を低料金で次々にハシゴできるという、信じがたいまでの贅沢が味わえる点! 結局、3日間で10公演ほど聴いてしまったのだが、その中でのベスト・コンサートとして、クワメ・ライアン指揮によるフランス国立ボルドー・アキテーヌ管のシューベルト交響曲第9番「グレイト」を挙げたいと思う。

指揮者もオーケストラも初めて聞く名前で、ライアンはステージに出てきた時に黒人だと分かって少し驚かされた。カナダ生まれの若手指揮者で、07年よりボルドー・アキテーヌ管の音楽監督を務めているとのこと。その指揮の内容は極めてオーソドックスなもので、ハーモニー・バランス、フレージング構成、テンポ取り等、いずれもピリオド・スタイルからの影響と思われる節は端的には伺われない。さりとて伝統的なドイツ風重厚スタイルというのでもなく、そのあたりが聴いていて新鮮だった。言うなればフランス風の音響的な特性をポジティブに活かしたシューベルト演奏で、全編にとにかく明るく美しく、生命感に溢れた色彩の妙感と、細やかにして明晰なアンサンブル展開の創出するニュアンスの豊かに、聴いていて新鮮な喜びを喚起させられた演奏だった。

終演後にCD売り場に直行し、同じ顔合わせで、実演と同じシューベルトの「グレイト」のディスクが販売されていたので飛び付いて購入。さっそく聞いてみると、第1楽章冒頭のホルンの飾らない音色の魅力からして、実演での感触がまざまざと蘇るようだ。全楽章を通して、こうしてディスクで客観的に聴いてみると、総じて弦パートの力感や強度感に弱みがあるのに対し、相対的に管パートの音色のうるおいや表情の強さに強みがあるというフランスのオーケストラらしい特性があらためて実感される。そのあたりの特性を作品に対して絶妙にフィッティングせしめているライアンの指揮手腕にはやはり非凡なものがあり、その独特の味わいの響きが穏やかな感動をもたらしてくれる名演だ。

コルボ/ローザンヌ声楽アンサンブルによるロッシーニの小荘厳ミサ曲


ロッシーニ 小荘厳ミサ曲
 コルボ/ローザンヌ声楽アンサンブル
 エラート 1987年 WPCS-11496

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2008」特設会場のCD販売エリアにて購入したディスク。

このロッシーニ最晩年の大作を実演で聴くのはこの音楽祭が初めてで、演奏はこのCDと同じ、コルボ指揮ローザンヌ声楽アンサンブル。しかしその演奏は、いまひとつピンと来なかった。名匠コルボの指揮による宗教曲の演奏で、内容が良くない道理はないのだが、、。

実際、コルボの指揮は完璧であり、ローザンヌ声楽アンサンブルも、その持ち前のミサ祈祷文に対する抜群の歌唱力を披歴し、演奏自体は確かに名演だったと思う。が、いかんせん作品自体の表出力に限界があるような気がする。70分を要する大曲としてみると個々の構成曲が形成する起伏的なインパクトが弱く、作品の雰囲気としても、確かに完全なミサ形式に則しているとはいえ、本格的な宗教曲の荘厳な趣きはそれほど強度でない。それゆえ、聴いていて音楽に対する集中力を維持するのがいささかキツいというのが率直なところだ。やはりこの作品は、ロッシーニの本領とはちょっと外れた地点での音楽という感じがする。

以上の感想はこのディスクを聴いた後でもやはり同じだったが、こちらの方が実演で聴いた時よりも印象的に上だった。その理由は声楽ソリストにあり、ガスディアやラ・スコラといったスカラ座の名歌手たちの歌唱が演奏に対して表情の強さを付与していたためだ。それはもちろん宗教曲的な表情とは違うと思うが、少なくともロッシーニの音楽として考えた場合、このくらいの表情の強さは好ましいと思う。

ブリジット・エンゲラーによるベートーヴェンのピアノ作品集


ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第31番、アンダンテ・ファヴォリほか
 エンゲラー(pf)
 ハルモニア・ムンディ・フランス 1990年 HMA1951346

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2008」特設会場のCD販売エリアにて購入したディスク。ベートーヴェンのピアノ小品を中心に編まれたアルバムで、収録曲は作品51の2つのロンド、作品76の変奏曲、エリーゼのために、アンダンテ・ファヴォリ、ピアノ・ソナタ第31番の計6曲。

同音楽祭でブリジット・エンゲラーがソロを受け持ったベートーヴェンのトリプル・コンチェルトの演奏を聴いた(チェロはクニャーゼフ、ヴァイオリンはマフチン、オケはシンフォニア・ヴァルソヴィアで指揮はカスプシク)。この演奏は素晴らしく、クニャーゼフ、マフチン、エンゲラーの息の合った掛け合いの妙味に、聴いていてワクワクさせられることしきりで、それをシンフォニア・ヴァルソヴィアのアンサンブルの凝縮力が絶妙にひきたて、まさに同曲のベスト・パフォーマンスという感じがした。その演奏直後にエンゲラーのサイン会がCD販売エリアにて予定されているというので、このディスクを購入して裏面にサインを頂いた。

エンゲラーのディスクはその売り場に数点並んでいたが、とりあえず同じベートーヴェンのアルバムということでこれを選んだ。ひととおり聴いてみたが、一貫的に明朗な色感のタッチから鮮やかに浮かび上がるメロディ・ラインの情感が好感的な演奏で、とくにロンドやアンダンテ・ファヴォリに聴かれる艶やかな音色の基調や伸びやかなフレージングは、音楽に落ち着きのある優雅な趣きを付与していて魅了させられる。反面、緊張感という点に物足りなさを感じるのも事実で、それは小品作品においては性格上止むを得ないものであるとしても、31番ソナタなどでは、聴いていてもう少し不意打ちのような刺激を望みたくなるような印象があり、このあたりはやはり小品作品でのそれと同一線上のコンセプトゆえの限界ではないかと思う。

ダニエル・ロイス/RIAS室内合唱団によるストラヴィンスキーの声楽作品集


ストラヴィンスキー バレエ・カンタータ「結婚」、ミサ 、
   古いイギリスのテクストによるカンタータ
 ロイス/RIAS室内合唱団、ミュジーク・ファブリク
 ハルモニア・ムンディ・フランス 録音年不祥 HMC-801913

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2008」特設会場のCD販売エリアにて購入したディスク。

同音楽祭でダニエル・ロイス指揮によるシューベルトのミサ曲第5番を聴いた(演奏はカペラ・アムステルダム&ヴュルテンベルク室内管)が、これが思いのほか素晴らしい内容だった。とくにグロリアとクレドにおける強奏部での荘厳な音楽の佇まいが抜群に良く、その管弦楽と声楽の織り成す絶妙なハーモニー・バランスに魅了させられた演奏だった。オケと合唱陣それぞれの力量もさりながら、双方を強力に統制しつつ有機的な音楽の流れを現出せしめた指揮者ロイスの力量によるところも大きかったように思われた。それで同指揮者のCDを会場で探してみたところ、このストラヴィンスキーの声楽アルバムが販売されていたので購入して聴いてみた。

ストラヴィンスキーの原始主義・新古典主義・セリー主義の作品からそれぞれひとつずつ抽出するというコンセプトがまず面白いと思うし、内容的にも名演だ。RIAS室内合唱団は2003年からロイスが音楽監督を務める手兵の合唱団で、アルバムの3曲をそれぞれロシア語、ラテン語、英語と歌いわけているが、いずれも緻密で精妙なハーモニー展開であり、ストラヴィンスキーのマニアックなまでに入り組んだテクスチャが聴いていて手に取るように明瞭。これにはSACDハイブリッドによる音質の良さの助力もあるようだが、いずれにしても声楽曲を聴く醍醐味を満喫させてくれる点がいいし、さらにバレエ・カンタータ「結婚」は打楽器のヴァイタリティに充実感が伴い、「春の祭典」をも彷彿とさせる狂騒的高揚感を伴う音響的インパクトが素晴らしい。

ネマーニャ・ラドゥロヴィチによる無伴奏ヴァイオリン作品のライブ・アルバム


ネマーニャ・ラドゥロヴィチによる無伴奏ヴァイオリン作品のライブ・アルバム
 ラドゥロヴィチ(vn)
 トランスアート 2005年ライブ TRM136

「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2008」特設会場のCD販売エリアにて購入したディスク。

収録曲は①ミレティチ 無伴奏ヴァイオリンのための舞曲②イザイ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番③パガニーニ 24の奇想曲第1番・第13番④J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番⑤イザイ 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番。

ネマーニャ・ラドゥロヴィチはセルビア生まれの若手ヴァイオリニストとのことで、その演奏を同音楽祭で聴いたのだが(曲目はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲で、指揮はクワメ・ライアン、オケはフランス国立ボルドー・アキテーヌ管)、その実演での印象の限りにおいては、確かにテクニックにはもの凄いものがあり、音楽性も抜群ではあるものの、いまひとつ深みというか凄味が付随しないもどかしさがあり、芸術家としてはいまだ発展途上段階、というのが率直な感想だった。

ラドゥロヴィチのディスクは特設会場に2種類ほど売られていたが、デビュー盤ということでこの無伴奏ヴァイオリン作品のライブ・アルバムを購入して聴いてみた。ひととおり聴いての印象の強さは、こちらの方が実演の時より数段上回っていた。まず技巧の冴えという点において尋常じゃないものがある。すべて超難技巧の曲ばかりだが、いずれにおいてもボウイングの抜群の切れと運動感に、聴いていて唖然とさせられる。しかもライブ録音ときている。単に技巧が立つばかりでなく、例えば①の冒頭や②の終楽章など、まるで弦を掻き切らんというような切迫感を表出し、その訴えかけの力が並々ならない。

対して④のバッハにおいては、とりわけシャコンヌにおいて、実演時の印象にも似た、ややショー的な表面性が少し散見される感じがするのも事実。とはいえ、将来性豊かなアーティストであることは間違いないと思う。

ブリリアント・クラシックスのドヴォルザーク交響曲全集廉価ボックスセット


ドヴォルザーク 交響曲全集
 ネーメ・ヤルヴィ/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(第1~第4)
 ビエロフラーヴェク/チェコ・フィル(第5~第7)
 ヤンソンス/オスロ・フィル(第8・第9)
 ブリリアント・クラシックス 1987~92年 93635

激安レーベルのブリリアントから2008年にリリースされたドヴォルザークのシンフォニー全集で、このうちヤルヴィ/スコティッシュの第1~第4とビエロフラーヴェク/チェコ・フィルの第5~第7はシャンドスから、ヤンソンス/オスロ・フィルの第8と「新世界」はEMIからそれぞれ出ていた音源を寄せ集めて全集としている。いずれの演奏も未聴だったし、値段もディスク1枚あたり600円を切る低価格で、これだと9曲中、名演が3~4曲もあれば十分元が取れると思って購入した。

一通り聴いてみた感想としては、1番と4番と5番の演奏が超名演、2番と3番と6番の演奏が名演、7~9番の演奏は相対的に平凡。全9曲中のベスト演奏は間違いなく第1番「ズロニツェの鐘」で、このヤルヴィ/スコティッシュの演奏を聴いて、初めてこの曲の真価を認識させられたような気がする。まず冒頭の序奏のコラールを出すホルンの音彩から冴えまくっている。続く第1テーマの重厚なレガートの引き締まった質感、(2:14)からの第1テーマ確保の強奏進行の鳴りっぷりなど、共に抜群だ。特に金管楽器が際立っているのが特徴的で、(8:59)や(15:12)あたりなど、まさに絶好調! 展開部から再現部に到る流れにおいては、その大きくうねる音楽の激流に圧倒させられる。以降の楽章においても総じてアンサンブルの充実ぶりが素晴らしく、弦の深く力感のある刻みといい、管のめくるめく音彩感といい、いずれも聴いていて惚れ惚れする。

この第1シンフォニーに比べると、同じヤルヴィ/スコティッシュの演奏でも、第2と第3シンフォニーは少し落ちる感じがする。それでも十分名演だし、次の第4シンフォニーの演奏は第1シンフォニーとほぼ同格だ。ビエロフラーヴェク指揮の3曲は出来にかなりムラがある。ベストは5番、次点が6番で、7番は明らかに演奏が落ちる。ヤンソンス指揮の2曲はかなり平凡だ。8番は全9曲中のワーストで、まず音質面で落ちるし、オーケストラも、スコティッシュ・ナショナルやチェコ・フィルよりもアンサンブルの充実感が振るわない。「新世界」は8番よりはいいものの、やはり平凡。ヤンソンスは「新世界」を手兵コンセルトヘボウと最近ライブ録音したが、そちらは超名演で、それと比べるとこのオスロ・フィル盤は内容的にかなり遜色する感じがする。

ステンハンマル友の会による「スウェーデンからのあいさつ」


「スウェーデンからのあいさつ」
 和田記代(pf)、向野由美子(ms) 、カリーナ・ヘンリクソン(ms)
 ステンハンマル友の会 2004・2007年ライブ DUOC-1001

「ステンハンマル友の会」の主催によるコンサートのライブ録音。収録曲はペッテション=ベリエルとステンハンマルの歌曲とピアノ曲から構成されていて、ペッテション=ベリエルの方は歌曲がメイン、ステンハンマルの方はピアノ曲がメインとなっている。

いずれもスウェーデンの作曲家だが、ステンハンマルはともかくペッテション=ベリエルは初めて聞く名前だ。収録曲もすべて初めて聴くものばかりで、コンセプトとしては秘曲集という感じだろうか。ひと通り聴いた限りではステンハンマルの「3つの幻想曲」作品11が内容的にベストだと思う。歌曲伴奏も含めて堅実ではあるがどこか抑制的なタッチに留まっていた和田記代のピアノ・ソロがここでは冒頭のモルト・アッパーシオナートのパッセージから表出力が格段に冴え、フレージングの力強い語りかけといい音色の表情の鮮やかさといい、全般に気持の入ったピアニズムであり、知られざる秘曲の魅力を伝え切らんというようなピアニストの心意気さえ伝わってくるような快演で、聴いていてすがすがしい気持ちにさせてくれる。

その観点では次の「ピアノ協奏曲第2番」の方も同等だが、こちらは本来の管弦楽パートをピアノに置き換えた2台ピアノ演奏である上に第3・第4楽章のみの収録なので、名演とは思うも、それが作品の真価であるか否かはさすがに分らない。歌曲の方はノルウェー語とスウェーデン語によるもので、ペッテション=ベリエルの方は民謡的色彩が強い。歌唱自体は至極立派で、音質も私家盤にしては優秀なのだが、歌詞の掲載が無いのが辛いところで、作品の真価を図りかねるし、それを抜きにしても、全体にいささかムードチックな色合いが強く、確かに親しみ易い反面としてピリッとした緊張感に不足するような弱みがあるように思う。

ミュンシュ/ボストン響によるベートーヴェン作品のライブ録音盤ボックスセット


ミュンシュ/ボストン響のベートーヴェン作品ライブ録音集
 ミュンシュ/ボストン交響楽団
 ウェスト・ヒル・ラジオ・アーカイブズ 1954年~57年ライブ WHRA6014

2008年にリリースされたミュンシュ/ボストン響のラジオ放送用音源に基づくライブ録音集で、CD5枚のすべてがベートーヴェン作品の演奏となっている。

収録曲は①交響曲第6番「田園」②交響曲第7番③ピアノ協奏曲第3番④ピアノ協奏曲第5番「皇帝」⑤交響曲第3番「英雄」⑥弦楽四重奏曲第16番第3楽章⑦ヴァイオリン協奏曲⑧レオノーレ第2番⑨ヴァイオリン協奏曲⑩「献堂式」序曲。協奏曲のソリストは③がハスキル、④がアラウ、⑦がハイフェッツ、⑨がフランチェスカッティ。

ミュンシュ/ボストン響のベートーヴェンはスタジオ録音がRCAにいくつか残されているが、ヴァイオリン協奏曲などの一部を除いてあまりパッとしない印象があった。それがライブ演奏では果たしてどうなるか?、ということでさっそく①から聴いてみると、これが驚くべき名演! 第1楽章冒頭からアンサンブルの濃度、ソノリティの密度、音色の生彩、いずれもミュンシュ/ボストン響の絶好調時のそれに近いレベルだ。わけてもバスの豊かなことは特筆的で、それも軋むような生々しい感触とリアリティを伴い、何とも素晴らしい。第4楽章の迫力もバツグンで、スタジオ録音盤(BVCC-37444)での表面的な鳴りとは一味違う迫真に満ちている。終楽章の沸き立つような感興も、スタジオ録音盤より完全に上。しかし次の②の7番は、残念ながら①の6番の演奏より明らかに落ちる。全体にアンサンブルの響きの充実度が①の時より振るわず、ダイナミクスも別人のように大人しい。コンディションが本調子でないのだろうか。録音は①が56年、②が54年だ。

③は、2007年にメモリーズから出たミュンシュのライブ希少録音集(MR2010/11)に入っていた録音と同じ、、だと思ったらよく見ると、メモリーズ盤が56年11月3日のライブで、こちらは同年11月2日のライブと、一日違いの別演だった。両演を比較したが、流儀はほぼ同一ながら、こちらの③の2日のライブの方が演奏自体がひとまわり冴えている感じがする。音質がメモリーズ盤より生々しく、リマスタリングの差のような気がする。⑤の「英雄」は文句なく名演! RCAのスタジオ盤よりもアンサンブルがずっと迫真かつ有機的かつ生々しい。

⑦と⑨は同一演目なのに演奏タイムが随分違う。ハイフェッツのソロによる⑦は38分、フランチェスカッティのソロによる⑨は47分。これはそれぞれのソリストの表現の指向性が異なるためで、ハイフェッツは速めのテンポをベースに技巧的な凄味を存分に披歴、対してフランチェスカッティは遅めのテンポをベースに濁りのない麗音を朗々と奏でてメロディを心ゆくまで歌う、というスタンス。内容的にはいずれ互角の素晴らしさだが、音質は⑦の方が多少オンマイク的で臨場感に勝っている感じがする。

ハイドシェックによるベートーヴェンの「皇帝」2004年ライブ


ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」、ピアノ・ソナタ第5番
 ハイドシェック(pf) ウェルナー/レオン・バルザン管弦楽団
 インテグラル・クラシックス 2004年ライブ INT221.137

サントリーホールにて購入したディスクで、その公演は08年6月6日のハイドシェックのリサイタル。オール・ベートーヴェン・プログラムであり、その実演は概ね名演ではあったのだが、ピアニズムそのものに対する印象は、事前の期待感とはややずれたものでもあった。

かつての、特に90年代あたりのハイドシェックのピアニズムは、まさに「奔烈」という形容を音化したような表現だったのだが、当夜の演奏ではその奔烈性という点においてもはや往年の域になく、良く言えば成熟、悪く言えば丸くなった、という感じだった。その点に聴いていて一抹の物足りなさは確かにあったとしても、一音一音の音立ちの美しさ、音色の濃さ、訴えかけの強さという点において驚異的なものがあり、この点では否応なく感じ入った。なかんずく最後の第31ソナタは絶品だった。

対して、このディスクの演奏はその4年前の収録ながら、聴いてみると、サントリーで聴いた印象がほぼ完全にオーヴァーラップしてくる。すなわち、上で書いたように、往年よりも全体に表情が丸くなっている感じがあるが、演奏自体にかつてとは別の意味での深みが付随している、というもので、例えば「皇帝」第1楽章の展開部(11:15)近辺の強フレーズなど、昔ならもっと激烈に弾いたように思われるし、強弱の対比力が往年よりかなり大人しい。そのかわり、緩急の驚くべき自在感とか、個々の音色の練れ切った精彩感など、往年よりグッと深くなっている感じがする。オーケストラがかなり薄味なのは残念だが、ハイドシェックのソロに関しては、その近年のピアニズムの実像を適切に補足した貴重な録音ではないかと思う。

ベルチャ四重奏団によるバルトーク弦楽四重奏曲全集


バルトーク 弦楽四重奏曲全集
 ベルチャ四重奏団
 EMIクラシックス 2007年 3944002

2008年に正式に解散が発表されたアルバン・ベルク四重奏団の後継団体として活躍が期待されるベルチャ四重奏団だが、いきなりバルトークを全曲録音するとはちょっと驚かされた。しかし6曲とも総じて名演だと思う。

最初の第1番冒頭からシャープで厳しい音響構築でありながら、同時に強めのヴィブラートによる情感的な色付けにも特徴を感じさせる。具体的に言うと、第1と第2のヴァイオリンが導く主題に対するくっきりとしたヴィブラートがそうであり、ここはスコア上、冒頭のpからさらにデクレシェンドしていくため音量は実質的にpp以下となるが、その領域においてこのピリッとしたヴィブラートは見事だ。しかも、彼らの師匠筋ともいうべきアルバンベルク四重奏団の演奏のように表情が甘くならず、むしろぞくっとくるものがある。

対して強奏はどうかというと、例えば第2楽章の(4:01)や(7:25)あたりに聴かれるアンサンブルの裂ぱく感など、まさに本物で、超常的な響きが充溢する。2番以降の演奏においても、ベルチャ四重奏団の持ち味である現代的な感性から導かれるハイ・レスポンスにしてシャープな、それでいて繊細なアンサンブル形成の妙感とともに、そのハーモニーにおいて美しさだけでは済まないシリアスな音彩を付帯させている点が素晴らしく、その点においては少なくとも、かつてのアルバンベルク四重奏団のバルトーク全集よりも数等上ではないかと思う。

全6曲のベストはおそらく3番で、冒頭のソノリティのひんやり感といい、(1:31)からの第1ヴァイオリンのスルポンティチェロのピリピリ感といい、第2部(1:18)からの高揚力といい、いずれも抜群で、作品の要求する難技巧を事も無げにクリアしつつ、さらにその上の地点でレベルの高い表情を形成している点が凄いと思う。次いでは4番と6番あたりが良く、この3曲が内容的にトップ・スリー。逆に少し印象が弱かったのが5番で、確かに第1楽章の(2:58)あたりの強烈感などは凄いが、同楽章中盤以降は突出感が振り切らず、緊張度がマキシマムまで伸びない恨みがある。終楽章も同様で、作品自体の異常性からすると、聴いていて何かもう一味欲しいような渇きも感じてしまう。

ステンハンマル友の会によるステンハンマル作品のコンサートライブ


「ステンハンマル友の会・Live2005」
 向野由美子(ms) 、青木調(vn)、松尾優子(pf)、和田記代(pf)
 ステンハンマル友の会 2005年ライブ

2005年7月3日に東京オペラシティ・リサイタルホールで行われたコンサート「スウェーデン音楽の調べVol.2」のライブ録音。メディアはCD-Rだが、音質はかなりいい。内容はオール・ステンハンマル・プログラムとなっている。

収録曲は①スヴァーリエ②ルーネベリによる5つの歌曲③ヴァイオリンとピアノのためのソナタ④歌と印象⑤晩夏の夜⑥2つのセンチメンタルロマンス。演奏は①、②、④が向野由美子、③が青木調、⑤が松尾優子で、⑤以外のすべてのピアノ・パートを和田記代が担当している。

初めて聴く曲ばかりだが、演奏が軒並み素晴らしく、聴いていて作品の魅力がダイレクトに伝わってくるようだ。わけても③のヴァイオリン・ソナタは絶品で、ソリストの青木調の卓越的な弾き回しに魅了される。第1楽章冒頭の弱奏開始から繊細に糸を紡ぐような音色の醸す深い味わいがバツグンで、そのフレージングには作品の美質を懸命に伝えんという気概を纏った新鮮な息吹が常に付帯し、何ともすがすがしいし、それはステンハンマルの音楽に特有な情熱と憂愁と詩情を過不足なく表現し得ているようにも思う。終楽章の(3:07)に聴かれる、天に突き抜けるような高音の伸びやかさ! 

歌曲を歌う向野由美子は透き通るような美声と上質なヴィブラートを持ち味とした詩的な歌唱で、素晴らしいが、残念なのは歌詞掲載が無いため歌唱内容と音楽との結びつきが捕捉できないこと。ゆえに雰囲気的に聞くしかなく、それでも音楽としてはすこぶる美しくて申し分ないが、それだとやはり作品の真価は伝わり切らないように思う。松尾優子のピアノ・ソロ(⑤)は全体に安定感のあるテクニックで作品を細やかに、そして詩情豊かに歌い上げていて傾聴させられる。ただ、強音の表出力がいまひとつなのが残念で、例えば第2楽章の(1:43)あたりや第4楽章冒頭などでは、もう少し音色に張りを与えて雄弁に弾いた方が、作品のカラーがさらに映えるような気がする。和田記代は全体にかなり穏健で手堅い。少なくともこのコンサートではいわゆる黒子役に徹しているようだ。

バーンスタイン/クリーブランド管によるマーラー交響曲第2番「復活」


マーラー 交響曲第2番「復活」
 バーンスタイン/クリーブランド管弦楽団
  ハイウッド(sop)、ルートヴィヒ(ms)
 ファースト・クラシックス 録音年不明 FC-101-2

もちろん海賊盤だが、バーンスタインとクリーブランド管という組み合わせは珍しいし、曲目がバーンスタインの得意としたマーラーという点でも興味をそそられる。録音年は不明だが、1970年代のもののようだ。

バーンスタインによるマーラーの2番といえば、やはり晩年にニューヨーク・フィルと録音したライブ盤(グラモフォン 1987年)の印象が強烈であり、このクリーブランド管との演奏も、そのニューヨーク・フィル盤(F60G 20217/8)の演奏と比べてみることにした。

まず音質だが、やはり海賊盤だけにニューヨーク・フィル盤よりひとまわり落ちる。鮮明感はほぼ同格なのだが、ステレオ感がかなり弱くて音場の広がりに欠けるし、「シャー」というアナログ・ノイズも一貫的に高めだ。前者は強奏時のダイナミクスの迫力を明らかに阻害しているし、後者は弱奏時の繊細な妙感をスポイルしている。

しかし、前述のように響きの鮮明感はほぼ同格だし、それ以上にライブ的な臨場感では、こちらのクリーブランド盤の方が優っていると思う。ニューヨーク・フィル盤はライブ録音と銘打たれているが、必ずしも純然なライブではなく、スタジオ録音なみの編集がなされている。対してこちらは純然なライブであり、音自体のライブ感というか、生々しい臨場感が聴いていてダイレクトに伝わってくる。

肝心の演奏内容としても、ニューヨーク・フィル盤に伍する名演だと思う。もちろん前述の音質的ハンデのためニューヨーク・フィル盤より遜色する場面も多々あり、例えば第1楽章の展開部(14:19)から(15:30)の再現部突入までのくだりなど、ニューヨーク・フィル盤での、まるで世界が終るかというような激烈感から計ると、いまひとつという感じなのも事実。としても、この演奏に聴かれる純然ライブとしての演奏の凄味には掛けがえのないものがある。ここでのバーンスタインのぎらついた表現意欲の発現ぶりはニューヨーク・フィル盤以上とも思えるし、その赤裸々に描かれる感情のうねりが聴いていて極めてリアルに迫ってくるという点では、こちらのクリーブランド盤に軍配を挙げたくなる。楽章がひとつ終るごとに客席から拍手が沸き起こるのも、演奏内容と必ずしも無関係のことではないと思う。

ハーディング/ウィーン・フィルによるマーラー交響曲第10番クック補筆全曲版


マーラー 交響曲第10番(クック補筆全曲版)
 ハーディング/ウィーン・フィル
 グラモフォン 2007年 UCCG1389

ダニエル・ハーディングのグラモフォン移籍第1弾録音にして、マーラー・交響曲第10番の5楽章全曲版を天下のグラモフォンが2007年にしてようやく初録音、おまけに天下のウィーン・フィルにとっても初録音と、初物尽くしでかなり話題になったディスクだが、この演奏には、いろいろな意味でかなりガッカリさせられた。

まず問題なのはディスク・ケース裏面に「デリック・クック補筆完成全曲版(1976年)による演奏」と表記されていることで、これを見て、1976年刊行のクック版ファーストエディションによる演奏だと思って購入した。しかし聴いてみると、1989年刊行のクック版セカンドエディションによる演奏になっているのである(例えば第2楽章コーダ(10:57)でのシンバルの一撃はセカンドエディションの特徴のひとつだ)。であれば、本来「デリック・クック補筆完成全曲版(1989年)による演奏」と表記すべきではないか。

ラトル/ベルリン・フィル盤などもそうだったが、クック補筆版のセカンドエディションのものは、ファーストエディションに比べて、全体にデュナーミクが穏健化されてしまっていて(第5楽章冒頭の打楽器強打部など、ファーストでのffやfffがセカンドではfベースのsfに変わっている)、個人的にはあまり好きではない。これががっかりした1点目の理由。しかしたとえ使用スコアがセカンドであっても、指揮者の解釈如何によってはファーストに伍する強表情を付与することも可能で、それをハーディングに期待したのだが、残念ながら、その点でも期待はずれだった。ハーディングの解釈はセカンドの表情付けをかなり忠実に順守したものであり、第5楽章冒頭の打楽器強打部など明らかにfベースで強烈味に欠ける。他の部分にしても、第1楽章の(17:47)からのイ短調全奏によるクライマックスなども痛烈性が伸び切らないし、(18:33)からの9和音重複展開や、その直後のトランペットのA音最強奏も、世界を断ち切るというような痛撃を伴わないし、終楽章(12:48)からの山場も、第1楽章よりはやや良いものの、やはり狂気性の発露にかなりの物足りなさを感じる。全体にここぞという時に音に鋭さが弱いのは、ムジークフェラインの豊かな残響が裏目に出ているからだろうか。

完成度の高さという点では疑いなく抜群だし、音質もいいし、ウィーン・フィルの上質なアンサンブル特性も、特にホルンを中心に良く発揮されているし、そういう観点では名演かも知れない。しかし、このハーディングの演奏は、残念ながらこの作品の真価を伝え切るには至っていないように思う。

ノリントン/エイジ・オブ・エンライトンメントによるマーラー交響曲第1番「巨人」


マーラー 交響曲第1番「巨人」&ワーグナー ヴェーゼンドンクの5つの歌
 ノリントン/エイジ・オブ・エンライトンメント管弦楽団
  ベルナルダ・フィンク(ms)
 Sounds Supreme 2001年ライブ 2s-012

CD-R盤。2001年9月30日ブレーメン音楽祭におけるライブとされている。音質はこの種のものとしてはかなり良い方だと思う。

このディスクを購入したお目当てはもちろんマーラーの「巨人」で、なにしろオリジナル楽器オーケストラによるマーラーのシンフォニーの演奏というのは聴いたことがない。ワーグナーの方はかつてノリントンが手兵ロンドンプレーヤーと録音したものがあったはずだが、マーラーは無かったはずで、ひょっとするとこれは史上初のマーラーのオリジナル楽器オケによる録音かもしれない。そうでなくとも、演奏会の演目としてはかなり野心的というか冒険的なものには違いなく、古楽派の雄ノリントンの面目躍如というところだろうか。

さっそく聴いてみると、第1楽章冒頭からアンサンブルのシャープな弱音展開に独特味がある。すなわち音色の強さと色彩的透明感を兼ね備えたハーモニクス展開であり、聴き慣れたモダン・オケによるものとは一味違う景観だ。フレージングは管楽器などいささかたどたどしい感じがあり、音程外しもかなり耳につくが、そういう細部のキズ以上に響きが新鮮で惹き込まれる。音量的に弦と管が拮抗したハーモニーバランスは見通しが良く、かつ音色の味が濃い。(13:34)あたりのトッティの強烈感もいいが、白眉はコーダで、ここでノリントンは猛加速を仕掛けてオケを全力疾走させる。これにアンサンブルは必死に喰らい付き、古楽器オケとしては技術的にもまさに限界ギリギリ。そこから発せられる表出力が並みでなく、楽章が終るや否や客席から拍手とブラボーが沸き起こるほど。

第2楽章もやはり原色感に富んだ飾らない響きが好感的で、(2:10)あたりの強烈なティンパニのぶちかましなど、いかにもノリントンらしい。第3楽章は冒頭のコンバス独奏から強めのフレージングでキリッと始まり、総じて弱奏部の響きの立ち具合が素晴らしい。木管のフレーズは相変わらず野暮ったい感じだが、それも独特の味わいを添えている。

終楽章は全体にトッティでの質量感および管フレーズのエッジの立ち具合というあたりに難点を感じさせるとしても、旋律線において過剰さが抑制された古楽器アンサンブルにおいてはフルパワーにおいてさえハーモニクスの透過性が強く、それが強烈な色彩感と呼応して絶妙な迫力を発出し、ティンパニの強烈な叩き込みがそれに拍車をかける。全体を通してこのマーラー演奏は実験的というには内容的な充実感が際立っており、海賊盤にしておくにはもったいないほどだと思う。

8人の指揮者によるブラームス・シンフォニーのヒストリカル録音集


ブラームス 交響曲全集(各曲2種の演奏)
 第1番:トスカニーニ/NBC交響楽団(41年)
      ストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団(36年)
 第2番:モントゥー/サンフランシスコ交響楽団(45年)
      フルトヴェングラー/ウィーン・フィル(45年)
 第3番:ワルター/ウィーン・フィル(36年)
      メンゲルベルク/コンセルトヘボウ(32年)
 第4番:デ・サバタ/ベルリン・フィル(39年)
      ワインガルトナー/ロンドン交響楽団(38年)
 アンダンテ 1932~45年 AN-1030

8人の指揮者によるブラームス・シンフォニーのヒストリカル録音集で、4つのシンフォニーに対し各2種ずつ異演が収録されている。すべて戦前録音ないし戦中録音で占められ、戦後の録音は含まれていない。8つの演奏についての個別の感想は以下の通り。

・トスカニーニ/NBC交響楽団による第1シンフォニー:
純粋な音響的観点において全8演中のベスト演奏。音質が非常に良く、第1楽章冒頭の全強奏からソノリティの音立ちが冴え、アンサンブルの充実ぶりが良く伝わる。そのアンサンブルの充実ぶりがまたハンパでない。ことに両端楽章での力強い直線的テンポに漲る音響的な張りの緊張度が素晴らしく、まさにトスカニーニとNBC響の全盛期にかかる時期の録音であることが実感される内容だ。

・ストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団による第1シンフォニー:
インパクト自体は上記トスカニーニの演奏に比べるとかなり弱いが、トスカニーニと比べるとかなりのロマンティック・スタイルだ。19世紀の演奏スタイルにも通じるところがあるような気がする。

・モントゥー/サンフランシスコ交響楽団による第2シンフォニー:
45年録音にしては音質がやや冴えないが、モントゥーの形成する音楽の流れはハイ・テンポを主体にすこぶる情熱的で、バスを中心に厚みの乗ったアンサンブルの迫力も十分。響きの見通しがいまひとつすっきりしないのが残念だが、実演時の熱気は聴いていて良く伝わる。

・フルトヴェングラー/ウィーン・フィルによる第2シンフォニー:
音質的には8演中のワーストだが、その演奏内容はトスカニーニ/NBCの1番と同格のベスト。この録音はフルトヴェングラーのスイス亡命直前の1945年1月28日における、ウィーンでの最後となったコンサートのライブ。とにかく表出力が並みでない。あたかも、敗色濃厚のドイツ統治下のウィーンにジワジワと忍び寄る破滅の気配が、演奏に乗り移ったような、鬼気迫る演奏。わけても終楽章の破滅的な演奏の色合いは強烈であり、その音質を超えたリアリティが無比的な感動をもたらしてくれる。

・ワルター/ウィーン・フィルによる第3シンフォニー:
これも極めて有名な録音で、同じ演奏がオーパス蔵レーベルからも復刻されている(OPK2054)。そのオーパス蔵の復刻と聴き比べてみると、このアンダンテ盤は残念ながら音質がかなり落ちる。特にフォルテ全般のダイナミズムの実在感が圧倒的に聴き劣る。復刻に用いたSP盤は、オーパス蔵がコロンビア盤で、アンダンテはHMV盤。その差もあると思うが、やはり復刻技術が決定的に違うようだ。

・メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウによる第3シンフォニー:
32年録音だけに音質はやはり苦しいところだが、メンゲルベルク一流の激しい造形的揺さぶりの形成する情感表出力は音質に関係なく高感度に伝達される。ルバートやポルタメントを多用した、濃厚な味付けのブラームスだ。

・デ・サバタ/ベルリン・フィルによる第4シンフォニー:
39年録音にしては音質は上々で、モントゥー/サンフランシスコ響の45年録音よりも鮮明だ。ただ、演奏自体はいまひとつ強烈味が薄い。正調にして極めて格調高いブラームスだが、それ以上に聴いていて訴えてくるものが薄い。高弦の鳴りはかなり良いものの、ベルリン・フィルにしてはバスの強さが全体に振るわず、重厚味を感じにくい。

・ワインガルトナー/ロンドン交響楽団による第4シンフォニー:
こちらもサバタ/ベルリン・フィルと同じく、38年録音にしては音質は上々。またアンサンブルもサバタ/ベルリン・フィルよりバスが良く効いていて、こちらの方がドイツ風だ。造形はサバタ以上に正調。ただテンポ選択はかなり違っている。特にサバタの方は第2楽章が遅め、第3楽章が速めだったが、こちらは逆で、第2楽章が速め、第3楽章が遅めだ。

アンタレス四重奏団によるサン=ジョルジュとモーツァルトのカルテット作品集


サン=ジョルジュ 弦楽四重奏曲集
&モーツァルト 弦楽四重奏曲第3番、第4番
 アンタレス四重奏団
 インテグラル・クラシックス 録音年不祥 INT221101

録音年の記載が無いが、リリースされた2008年ごろの録音ではないかと思う。収録曲はモーツァルトの「ミラノ四重奏曲」の2曲と、サン=ジョルジュの作品1に含まれる4曲(作品1の2から5まで)の計6曲。またモーツァルトの第3カルテットの第2楽章に関しては、第1稿と最終稿の2種類が収録されている。

モーツァルトとサン=ジョルジュのカルテット作品を交互に配置するという、斬新なディスク・コンセプトに惹かれて購入してみたのだが、聴いてみると、これが驚くべき美演! 最初のモーツァルト第3カルテット第1楽章冒頭から、アンサンブルの奏でる音色がみずみずしさの限りで、特に第1ヴァイオリンの響きの美彩が非常に立っている。しかも単に響きが美しいというだけに留まらず、その焦点のクッキリとして鮮やかなフレージング・ラインといい、全奏時における厚みの乗ったアンサンブルの立体感といい、いずれも傑出的で、総体的に音楽の色合いが実に濃く、味わい深い。演奏技術的にも完璧だ。

アンタレス四重奏団という名前は初めて聴くし、ライナー・ノートを見てもオール・フランス語なので経歴が良く分からないのだが、とにかく凄いアンサンブルだと思う。第2楽章(最終稿)の濃厚な美しさは、ちょっと忘れがたいほどだ。第4カルテットの方も名演。

サン=ジョルジュはハイドンやモーツァルトと同時代のパリの作曲家で、自分の設立したオーケストラのためにハイドンに交響曲集「パリ・セット」の作曲を依頼したエピソードが有名だ。ここに収録されている4曲はいずれもその初期の作品群で、すべて2楽章制であり、各曲の演奏時間はすべて10分を超えない。モーツァルトと比べると小規模な上に、作品としても深みもさすがに及ばない感じがするが、非常に華やかであり、親しみ易さはバツグンだ。それに、こうしてモーツァルト作品と交互に聴いていくと作品自体が気の利いた抑揚になっていて、相互にひき立て合うという感じがする。その4曲中のベスト演奏はおそらく作品1の4で、モーツァルトをも思わせるパトスの表出感が素晴らしい。

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